「コモンズの悲劇(共有地の悲劇)」の根本からの解決策とは?

個人の幸せと、全体の幸せ。
どちらが優先されるべきでしょうか?
後悔なく生きる根拠が手に入る!
nTech(認識技術)セミナー講師の
原田卓(はらだ すぐる)です。
「みんなのもの」という意識が、なかなか厄介
学生時代に環境問題の研究活動をしていた時に知った
「コモンズの悲劇(共有地の悲劇)」
という経済学の法則。
学問的には、
この問題提起に対して
様々な解釈や立場があるみたいですが、
ハッと、考えさせられたことがあります。
地球は個人の所有物ではなくて、
みんなのもの。
この「みんなのもの」という意識が、
なかなか厄介なところだということ。
「自分だけだったら、ま、いっか。」
例えば、ゴミのポイ捨て。
ゴミを捨てたらダメと分かっていても、
「自分だけだったら、ま、いっか。」
という意識がフッとよぎることってありませんか?
ゴミのポイ捨てに限らず、
自分だけだったら分からないし、
大して影響しないだろうから、
まあ別にいいかな。
そんふうに思うことって
日常のふとした時にありませんか?
少なくとも僕はあります。
「自分のもの」と思ったら大切にするけど、
「誰かのもの」と思ったらないがしろにしてしまう。
地球環境問題も、
一人ひとりが他人事じゃなくて自分事として捉えられたら
結果は違ってくるはずです。
コモンズ(共有地)は誰のもの?
コモンズの悲劇のテーマから考えさせられたことは、
「コモンズ(共有地)」を、
「誰かのもの」と思うのか、
「自分のもの」と思えるのか、
それはつまり、
「意識の持ち方」にある、
ということです。
だから、個人個人の意識の持ち方が重要です。
コモンズを「誰かのもの」と思うのか、
「自分のもの」と思えるのか。
そこにはどんな違いがあるんでしょうか?
自分に関係あると思うのか、関係がないと思うのか
「誰かのもの」と思うということは、
言い換えれば、
「自分には関係ない」
と思っているということ。
地球を例えにすれば、
「地球は自分とは関係ない。誰かのもの」
と思うということ。
逆に「自分のもの」と思えるということは、
「自分と地球は関係がある」と思うということ。
「自分に関係がある」
「自分には関係がない」
この意識の違い生み出すものはなんでしょうか?
隠された「人間の認識機能」
考え方。捉え方。心の持ちよう。
育った家庭環境。受けてきた教育。
文化や国民性、などなど、
様々な要素が挙げられると思います。
そういった要素の根底にあるもの。
nTechを理解して納得できたことは、
人間が共通して持っている
「人間の認識機能」が隠されたいた
という事実です。
人間誰しも持っている「認識機能」。
これが、
「自分に関係がある」と「自分には関係がない」の
意識の違いを生み出す原因でした。
「人間の認識機能」。
ここにアプローチすることで、
「自分に関係がある」と
「自分には関係がない」の格差を融合して、
コモンズの悲劇を根本的に解決する道を見い出せます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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