第1章1話目 超楽天的な性格。でも実は心の中は諦めと我慢と孤独でいっぱい

第1章1話目  超楽天的な性格。でも実は心の中は諦めと我慢と孤独でいっぱい

後悔なく生きる根拠が手に入る!
nTech(認識テクノロジー)セミナー講師の
はらだ すぐる です。

自己紹介シリーズ第1章!
「愛され過ぎた悲劇!人の気持ちを理解できない孤独人間だった!」

第1章では、
生まれてから中学2年生(14歳)くらいまでのことを
5回に分けて書いていこうと思います。
今回は、第1章の1話目です。

楽しい毎日だったけど、心の中には、諦め・孤独・我慢がいっぱいだった

幼少期から小学生の頃は、
とにかく遊ぶことが楽しい毎日。
特に小さい頃は、外で遊ぶことが大好きで、
放課後は学校で友だちと、
家に帰ってきたら隣の広場で近所の友だちと、
野球をやったり、ミニ四駆で遊んだり、
カブトムシを採りにいったり、
自転車を乗り回したり、
毎日暗くなるまでいろんな遊びをしていました。

本当に毎日が楽しくて、何の不自由もない、悩みもない毎日!
と当時は思っていたんですが、
今振り返ってみれば、
心の中には、諦めがいっぱい、孤独がいっぱい、我慢がいっぱいでした。

「どうせ誰も僕の気持ちなんて分からないよね。」と心の中でつぶやく

僕は自他ともに認める超楽天家で、
動物占いは「楽天的なトラ」です。
意識的には楽天的でプラス思考なんですが、
無意識深いところには超ネガティブな部分があったんだと、
今なら素直に認めることができます。

心の中のつぶやきは、
「どうせ誰も僕の気持ちなんて分からないよね。」
「僕が我慢して、まわりが上手くいくならそれでいいじゃん。」
という、諦めと我慢が根底にあって、
誰にも理解されないという孤独感がずっとありました。

そんな心と実は必死で戦っていたんだと今なら言えますが、
自分の中にネガティブな心があるとは認めたくないくらい、
マイナス面には目を向けないでプラス面だけを取ることが、
本当に当たり前のように癖づいていました。

だから、嫌なことがあったら、
ふてくされてすねることが小さい頃の得意技。
大きくなってきて、ふてくされるのがさすがにできなくなったら、
フリーズして眠たくなって寝てシャットアウトしていました。

ともあれ、
なんで、諦めと我慢、そして孤独感が生まれるようになったのか?
そして、プラス思考でマイナス面を取らないようなったのか?
今なら、よくよく分かります。

nTech(認識テクノロジー)を活用して、
無意識の一番深いところのイメージが自由になった今だから、
僕の人生を題材にするつもりで、5段階に分けて書いていこうと思います。

「玉のような子だ」と言われて、愛情をいっぱいもらった

まずは、大前提のお話から。

僕の出身地は長野県の南部地方、南アルプスに囲まれた
飯田市という田舎町です。

標高500メートルの山合いの盆地に位置する飯田市は、
田園と果樹園が広がって小京都とも言われる風光明媚なところです。
人口は10万人ほどで、
よそ者に対して最初は怪訝な感じはあるけど、
受け入れてしまったらとっても温かくて、
ちょっと封鎖的な感じもあるけど、
人が温かくて、のどかで穏やかなところです。

そんな長野の片田舎に、1981年(昭和56年)4月9日、
米屋の長男として生まれました。

父親は、3人兄弟の真ん中長男。
母親は、3人姉妹の長女。
長男長女の両親から生まれた第一子でした。
第一子で長男というだけでチヤホヤされるし、
しかも田舎だからその傾向がより強かったと思います。

しかも、
父方の祖父母にとっても
母方の祖父母にとっても、
やっと生まれた初孫だったので、
両親からはもちろん、祖父母からもよく可愛がられて、
「玉のような子だ」と言われのを妙に覚えています。

「玉のような子」って改めてどういう意味だろうと思ったので調べてみたら、
「宝物のような」という意味みたい。
今改めて思うけど、よっぽど可愛がられてたんだなぁと思います。

実家は、祖父母が始めたお米屋さんを経営していたので、
待望の跡取り息子で3代目。
しかも、両親の兄弟の中でも一番最初に生まれた子どもでした。

長男、田舎、米屋の跡取り…
大切にされて可愛がられる要素が
二重三重にも重なっていて、
実際、両親からも、祖父母からも、親戚からも、
近所の人たちからもよく可愛がられて育ちました。

だから、
「愛されるのが当たり前」
「愛情をもらえるのが当たり前」でした。
当たり前過ぎて、当時は自覚してなかったですが。

まわりの期待に応えるのが当たり前

まわりからの愛情がいっぱいだったせいからなのか、
なぜか、自分の人生は自分だけのものじゃない感覚があって、
ご先祖のがんばりがあって自分が生かされている感じというか、
自分のためだけに人生を生きちゃいけないような感じというのが、
物心ついた時からありました。

ともあれ、
両親からの期待、
祖父母からの期待、
親戚からの期待、
近所の人たちからの期待、
よく分からないけどご先祖さまたちからの期待を
一心に受けて、それを感じながら生まれ育ちました。

だから、
期待に応えることが当たり前、
期待に応えるのが自分、
期待に応えられない自分はあり得ない。

そんな感覚が幼少期から根深くありました。

愛されて、愛情いっぱいもらって、大切にされる。
いいじゃん。羨ましい。
そんなことを言われることもありますが、
僕の悲劇は「愛され過ぎたこと」だったんです。

愛され過ぎた結果どうなったのかというと、
「人の気持ちを理解できない人間」ができあがりました。

なぜ、そうなったのか?
次回、書いていこうと思います。

第1章2話目 愛され過ぎて、人の気持ちを理解できない人間になった!

 

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

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