心って何?心の定義は果たして可能なのか??

心って何?心の定義は果たして可能なのか??

心は、あると思いますか?
ないと思いますか?

目に見ることはできないけど、
ほぼ全員が「心はある」と答えるんじゃないでしょうか。

見て確認したことはないけれど、
誰もがあると思っている心。

心とは何なのか?
果たして心を定義することはできるのでしょうか?

後悔なく生きる根拠が手に入る!
nTech(認識テクノロジー)セミナー講師の
はらだ すぐる です。

心の定義は可能!

今回は、
心って何なのか?
心の定義は、果たして可能なのか?

このテーマで書きたいと思います。

 

結論的に言えば、
答えは「Yes」。
心の定義が可能だということを共有したいんですが、
大事なのは、なぜそれが可能なのか?ということです。

心って何なのか?

シンプルかつディープな、この問い。

簡単に定義できると言うのもはばかれるくらい、
難しい問いでもあります。

実態のない心

僕が「心とは何か?」と考え始めたのは、
中学校2年生の時。
一緒に住んでいた祖母の死がきっかけでした。
(このあたりのことはまた記事に書きます。)

不思議じゃないですか?

心はあるのかないのか聞かれたら、
誰もが「あるよ」と答えるのに、
「じゃあ、心を見せてみて」って言われたら
「はい、どうぞ」と見せることができない。
にも関わらず、誰もが「ある」と思っている心。

自分の顔はこれですよって見せるのと同じように
自分の心はこれですよって見せられない、
実態のない心。
でも、あると思われている心。

本当に不思議。
一体、心って何なんでしょうか?

生きていく上で、
きっと誰しも一度は疑問に思ったこと、
ありませんか?

心が何か分からない!

どうすれば、心とは何か分かるのか?

中学生の頃の僕が惹かれていったのは漫画・アニメの世界でした。
日本の漫画やアニメって、かなり哲学があって深いですよね。
一番強烈にインパクトを僕に与えのは、
エヴァンゲリオンでした。
浦沢直樹の「モンスター」や
望月峯太朗の「ドラゴンヘッド」にもハマりました。
(このあたりも別に記事にしたくらい!笑)

心理学を勉強すれば、心が分かるかもと思って、
大学で4年間、環境心理学を専攻しました。
でも、統計学についていけなくて早々に挫折しました。

これはもう人間関係を通して身をもって学んでいくしかないと思って、
サークル活動に没頭して、
恋愛で玉砕して痛い目をみました。

知れる可能性がありそうなものは、とにかくまず試してみようの精神で、
心を知ろうと思って色々取り組んでみたけど、
最終的に自信を持って言えたことは
「心は何かがわからない!」
とうことでした。

心の定義を可能にするための条件

なぜ、心が何かが分からないのか?
誰もが納得できる心の定義はどうすればできるのか?

心を定義するためには、
クリアをしなければならない条件がありました。

それは、
ちょっと表現が難しいですが、
「科学的な客観的アプローチ」

「哲学的宗教的な主観的アプローチ」
を融合することです。

要は、
心は誰もが持っているんだから、
誰もが納得できる客観化された心の定義と、

十人十色というように、
一人ひとりの捉え方は千差万別だから、
個人個人が納得できる心の定義。

この2つを同時に満たす必要があるということです。

もうちょっと噛み砕けば、
心をいくら数値化しても、
その数字と自分自身がつながらない。
一方で、自分自身は確かに感じる世界があっても、
他人と共有して共感が得られない。
このジレンマをどう解決するのか?

これが本当に難しいことです。

「客観性も無い、主観性も無い境地」を理解する

では、どうすればいいでしょうか?

「科学的な客観的アプローチ」は、
再現可能で客観性あるけれど、
自分とつながらないという弱点。

「哲学的宗教的な主観的アプローチ」は、
主観的に自分が感じることだから実感できるけど、
人と共有共感が得られないという弱点。

この2つのアプローチの強みを生かしたまま、
弱点を補うことは、可能なのか?

そのためにはまず、
「客観性も無い、主観性も無い境地」
を理解することがファーストステップです。

「客観性も無い、主観性も無い境地」は、
「人間と人間の宇宙が実在しない境地」
と言い換えることができます。

心の実態、心そのものをリアルにイメージできる!

「客観性も無い、主観性も無い境地」
「人間と人間の宇宙が実在しない境地」
がイメージできた時、
心が何なのか、
心そのものをリアルにイメージできるようになります。

そして、その心の動きが、
今ここ自分が見ている目の前の現実世界とどのようなつながりがあるのか、
イメージシミュレーションできるようになります。

心と、自分の考えと感情の区別ができて、
「?」だったものが「なるほど!」に変わっていきます。

心って何なのか?
心の定義が可能になることで、
人間の心も、自分の心も、
シンプルな1つの仕組みで理解ができるようになります。

これらは、僕が実際に経験していることです。

 

nTech(認識テクノロジー)の「イメージ言語」を道具にすれば、
こんな信じられないようなことが可能になります。
抽象的に信じることではなくて、
理解し納得することを通して。

最後までお読みいただきまして、本当にありがとうござます。

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